コトバになれなかったコトバ

投稿者: | 2012年8月23日

デジタルカメラを購入して3か月。

大変便利なものを手に入れたと喜んでいる。

パソコンに取り込み、編集をし、DVDにして

じいちゃん、ばあちゃんに配ることもできる。

コンパクトでどこにでも持って行ける。

出先では撮りまくっている。

しかし、やはりどんなことにもマイナスポイントはある。

肉眼で子どもたちを直接観察する時間が激減した。

気が付くといつもカメラのモニター画面を見ているのだ。

自分の目で直接見るのとモニターを通してみるのとではまるで感じ方が違う。

モニターを通しでも息子や娘は十分かわいいのだが、

それでもやっぱり自分の目で直接見る子どもたちの方が断然かわいい。

色合いのせい? 映像の大きさのせい?

たぶん気のせいだろう。

「直接肉眼で」と言ってみたところで、結局は間接的にしか物を見られないのだ。

子どもたちに当たって反射した光を見ているのだから。

コトバだってそうだ。

自分の思いを伝えるには、基本的にはことばを使って”間接的”に伝える。

でも、どんなに探したって今の思いにぴったりくるコトバが見つからないときもある。

いや、見つからないことがほとんどだ。

できることなら、この心を”直接”相手に見せたいと思う。

(...見られては困る部分もあるにはあるが...)

コトバにならなかったコトバのカケラたちは心の奥の方に沈んでいく。

子どもたちのそんなカケラにもっと気付いてあげられたら、と思うのだが。

...話が飛躍しすぎた。

まぁ、要するに「うちの子はかわいいぞ。」ということを言いたかったのだ。

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