サバイバー 2

投稿者: | 2016年1月25日

深夜にたまたまテレビをつける。

画面に映し出されていたのは、正座をさせられ、悲しそうな顔で俯いている少女の写真。

幼い命がまた失われた。

子どもは、親の心の歪みの受け皿になったり、親の意志実現の道具になったりする。

私は、虐待被害を受けた子どもの報道には過剰反応してしまう。

それは私自身がサバイバーだからだ。

その事実に長い間苦しめられてきた。

本当に苦しかった。

しかし、どうやら最近、その苦しみを乗り越えることができたような気がする。

それは、私の話に耳を傾け、暖かい言葉を掛け、見守ってくれる人たちがいたからだ。

言葉では言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいだ。

もし、私のこの経験に意味があるとするならば、

友人が言うように、同じ苦しみや悲しみを抱える人たちの気持ちを理解し、

彼らに寄り添うことができるということだ。

私はカウンセラーではない。

私が長い年月をかけて身につけてきたものは、共に学ぶ、という技術だ。

その技術を通して、苦しんでいる誰かの役に立つこと。

これも私に与えられたミッションのひとつではないだろうか。

 

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