人を待つときは壁か柱のそばで。

投稿者: | 2016年9月28日

「よい」と「わるい」の二元論で思考すると腹が立つ。

その思考パターンを止めるには、たいそうエネルギーが必要だ。

本来、”もの” も ”こと” もそこにあるだけ。

それに「よい」か「わるい」のラべリングをするのは私。

しかし、その枠を取り払って思考するのはなんだか落ち着かない。

何もない広場の真ん中で誰かを待っているような、

水着で大通公園を散歩しているような、

そんな心持になる。

でもそれが自由ということなのか。

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