こんにちは。札幌の家庭教ポプラ工房の山岸です。

私は親業18年目。もはや中堅どころ。
しかしながら何年経っても「これだ!」という子育て方法は見つからず、
長男はあっという間にでっかくなってしまいました。

どんな夢を持とうと、どんな進路を選ぼうと、
それは子どもたちの自由で私が口を挟むことではありません。

でも、躾はしっかりやらなければ、と考えています。

私の躾の基準は「命」です。
自分を含めたすべて人の命を大切にすること。
おはよう、ありがとう、ごめんなさい、のような礼儀や挨拶も
相手の存在を大切にすること、
相手の命を大切にすることに繋がっていると思います。

「身」に「美」と書いて躾ですが、
美しさの基準は時間的にも空間的にも変化します。
でも「命」が大切であるという基準は時代によらず国によらず変わりません。
もちろんそうでない国や人は少なからず存在しますが。

自分の命を大切にしようと思ったら、この場合どう行動するか。
相手の命を大切にしようと思ったらどうか。
そう考えれば答えは自ずから導かれるような気がします。

自分で書いていてなんですが、
私自身はそれほど理想的には生きていません。
棚に上げています。
時に独善的、利己的だったりします。
恥ずかしいです。
でも自分のことを棚に上げなければならないこともありますよね?
自分ができていなかったことを子どもに言っちゃいけないなら、
「パパは小さいころ挨拶をしない子だったから君もできなくていいよ。」
なんてことになってしまうじゃないか!

話がずれてしまいました。

Let all that you do be done in love.
何事も愛をもって行いなさい。

「命を慈しむ心」=「愛」です。
子育てに迷ったらそこに帰ろうといつも思っています。

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