私は長いこと「子育てしたことないくせに、子育て語るなよ」と思ってきた。

でも「子育てしたことがないから見える子育て」ってものもあるかもしれない。

囲いの外にいるから見えることもある。

それにやったことしか語れないなら、

私なんぞ今の1億分の1くらいしか話してはいけないことになる。

そうは言ってもやはり「自分には分かってないこともあるはず」という

謙虚な気持ちを忘れてはいけないのではないだろうか。

子を持つ親のアンビバレントな感情は想像を超えた切なさだ。

理屈で割り切れるものではない。

父(じいちゃん)と子どもたちとの関わりを見ていて思う。

早く孫が欲しい。

無責任にただただ可愛がればいいのだ。

お小遣いだってバンバンはずんじゃうぞ。

我が子に対するように、

愛しいからこそ突き放さなければならない。

なんてことはないだろう。

助けてやりたい、でも独り立ちさせなければならない。

なんてこともないだろう。

親なんてやるもんじゃない。

何度も思った。

でも、もう彼らのいない人生は考えられない。

やっぱり、結局、彼らに会えてよかった。

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