力学的エネルギー保存の法則
1. やっぱりこむずかしい話から
小1の息子がふざけて私に体当たりしてきても大したことはないが、それが体重100kgを超える力士であったならタダではすまない。それでもその力士が私にゆっくり歩いてぶつかってきたのならなんとか耐えられるかもしれないが、全力で突進してきた場合は虹の彼方まで吹っ飛ばされるであろう。
「我思う、ゆえに我あり」で有名なデカルトは、運動をしている物体が他に影響を与える能力はその物体の質量 \( m \) とその速さ\( v \) の積 \( mv \) で測られるのではないかと考えた。これに対してニュートンの宿敵ライプニッツは \( mv^2 \) で測られるべきであると主張した。
その後、物体の力学的能力を \( mv \) と \( mv^2 \) のどちらで評価するべきかという論争が約150年も続いた。このような論争が起きた原因は、物体が他に対して何をなす能力を問題としているかが明確でなかったからである。つまり、物体の持ついくつかの別の能力を区別せず混同していたことが問題だったのだ。
後に、デカルトの \( mv \) は運動量、ライプニッツの \( mv^2 \) は運動エネルギーの2倍であることがわかった。結果的にどちらの主張も別な視点の有用な物理概念として正しかったのである。
なお、運動エネルギーの正しい表式 \( \displaystyle\frac{1}{2}mv^2 \) が明らかになったのは19世紀前半の1829年のことである。これはコリオリの力で有名なフランスの物理学者ガスパール=ギュスターヴ・コリオリの業績である。
現在では中学生でも知っている運動エネルギーという概念を正しく把握するまでに、ニュートンの時代から150年もの歳月を要したのである。
2. 力学的エネルギー保存の法則
エネルギーの原理
まずは、エネルギーの原理から始めよう。なめらかな平面上を一定の速度 \( v_1 \) で運動している質量 \( m \) の物体に、運動している方向と同じ方向に大きさ \( F \) の力を加え、距離 \( s \) だけ押し続ける。その結果、物体の速度が \( v_2 \) になったとする。加えた力が一定なので物体は等加速度運動をするので、このときの加速度を \( a \) とすれば、
$$ v^2_2 – v^2_1 = 2as \cdots (1) $$
また、運動方程式から加速度 \( a \) を求めると、
$$ ma = F \, \verb|より| \, a = \frac{F}{m} \cdots (2) $$
(1) を (2) に代入して
$$ v^2_2 \, – \, v^2_1 = 2 \left( \frac{F}{m} \right) s $$
左右入れかえて
$$ 2 \left( \frac{F}{m} \right) s = v^2_2 \, – \, v^2_1 $$
両辺 \( \displaystyle \frac{\, m \,}{2} \) して
$$ Fs = \frac{\, 1 \,}{2} mv^2_2 \, – \, \frac{\, 1 \,}{2} mv^2_1 \cdots (3) $$
(3) は、
(外力が物体になした仕事)=(物体の運動エネルギーの変化量)
と読むことができ、これをエネルギーの原理という。以後この原理を
$$ W_{外力} = \Delta K \cdots (4) $$
と表すことにする。\( W \) は Work の頭文字で仕事を、\( K \) は Kinetic Energy の頭文字で運動エネルギーを、\( \Delta \) は差分(後 – 前)つまり変化量を表す。
保存力と非保存力
仕事とエネルギーの観点から、力は2つに分けられる。
● 保存力 → 仕事が経路によらない力。重力、弾性力、クーロン力、万有引力。
● 非保存力 → 仕事が経路に依存する力。摩擦力、人が加える力など。
非保存力のする仕事
保存力に逆らって仕事をすると仕事をした分だけ位置エネルギーが増加する。例えば重力に逆らって物体を低いところから高いところへ運ぶ仕事をすると、重力による位置エネルギーが増加する。ばねの弾性力に逆らってばねを伸ばす(あるいは縮める)と弾性エネルギーが増加する。
逆に、保存力が仕事をすると仕事をした分だけ位置エネルギーが減少する。例えば高いところにある物体が重力に引っ張られて低いところに落ちれば(つまり重力が仕事をすれば)、位置エネルギーが減少する。
\( W_{保存力} \) が保存力のした仕事の大きさを、\( U_1 \) が始めの位置エネルギー、\( U_2 \) が仕事をされた後の位置エネルギーであるとすれば、保存力のする仕事と位置エネルギーの関係は、
$$ W_{保存力} = | \, U_2 – U_1 \, | = \, – ( U_2 – U_1 ) $$
$$ W_{保存力} = \, – \Delta U \cdots (5) $$
保存力が仕事すると位置エネルギーが減少するため \( U_2 < U_1 \) すなわち \( U_2 – U_1 < 0 \) である。従って絶対値を外すとマイナス(-)をつける必要がある。
物体に働く外力には保存力と非保存力があるので、
$$ W_{外力} = W_{非保存力} + W_{保存力} $$
これを変形し、さらに(4)と(5)を代入すると、
\(
\begin{eqnarray}
W_{非保存力} &=& W_{外力} – W_{保存力} \\
&=& \Delta K – \left( -\Delta U \right) \\
&=& \Delta K + \Delta U
\end{eqnarray}
\)
運動エネルギーの変化量 \( \Delta K \) と位置エネルギーの変化量 \( \Delta U \) を合わせて、力学的エネルギーの変化量 \( \Delta E \) とすれば、
$$ W_{非保存力} = \Delta E \cdots (6) $$
と表せる。
これは、摩擦力などの非保存力が仕事するは、物体の力学的エネルギーの変化量として求められるということだ。
力学的エネルギー保存の法則
ここで、もしも非保存力が仕事をしなければどうなるだろう。(6)で \( W_{非保存力} = 0 \) としてみると、
$$ \Delta E = 0 $$
となる。
記号をさかのぼっていくと、
$$ \Delta K + \Delta U = 0 $$
$$ ( K_2 – K_1 ) + ( U_2 – U_1 ) = 0 $$
$$ K_2 + U_2 = K_1 + U_1 $$
これは変化の前後で力学的エネルギーの総和が変わらないことを意味している。
ここから、
非保存力が仕事をしなければ物体の力学的エネルギーは保存する。
という結論が得られる。
ここで「非保存力が仕事をしなければ」という部分が何より大切である。ここから以下の2つのことが読み取れる。
- 非保存力が仕事をすると力学的エネルギーは保存しない。
- 非保存力が働いていても仕事をしなければ力学的エネルギーは保存する。
法則は適応条件を正しく理解して使うことが大切だ。