学校で先生の授業を受ける、ということを意識のベクトル(矢印)という点で考えてみたいと思います。

先生 → 生徒

一般的に「先生の授業を聞く」場合、ベクトルの向きは先生から生徒へ向かうものと考えられます。
つまり知識が先生から生徒へ向かって流れていくイメージです。
多くの生徒たちはこのベクトルの向きを無意識に当たり前のことと考えているはずです。
知識や経験が多い方から少ない方へ流れていく。
高さの高い方から低い方へ、濃度の濃い方から薄い方へ、という自然の摂理ですね。

しかし、この一方的なベクトルの向きはしばしば….眠気を誘います。
しかも、その眠気は「寝てはいけない」という思いがかえってスパイスになり、
それはそれは甘美なもの。
中高生のころの、いや今現在の私もこの誘惑には勝てません。

この状態を一般に受け身と呼んでいます。
そもそも授業という言葉からして、(学問)をけると書くではないです!

生徒 → 先生

では受け身ではない能動的な授業の受け方、
ベクトルの向きを生徒から先生に向けるにはどうすればいいのでしょうか。

「一生懸命聞く」と答える生徒もいますが、
これ、実は眠い気を誘いますよね。(私だけですか?)
そもそも「一生懸命聞く」というのがどういうものかよくわかりません。
目を見開いて先生を凝視することでしょうか?
目が乾いて間違いなく眠りに落ちます。

例えば2000年代にアメリカで始まった反転授業はベクトルの向きを変える試みだと思います。
しかし、もっと手軽に簡単にできることがあります。

ありきたりではありますが…予習です。

一つ目は、予習をすること。
当たり前過ぎて、今更?感がありますよね。
でも、ここでいう予習は超ポップ、超ライトなもの。5分くらいでOK。
軽く教科書を眺めながら「ふーうーん。」とゆるーく読むのです。

みなさんは海外のドラマや映画を観ているときに、
ときどき知っている単語が聞こえてくることはありませんか?
Fで始まるNGワードもその一つのはず。
それからカクテルパーティー効果として知られる現象もそうですよね。
地下鉄で居眠りしていても自分の降りる駅名がアナウンスされたら目が覚める、
というような。

ほんの少しでも脳の片隅に授業に関するワードがあれば、聞こえ方が違ってくるはず。
もう一歩進んで、ライト予習の段階で「なんだろこれ?」という疑問を持てれば、
授業中、その疑問の答えを探してやろうという意識が働きます。

これはベクトルが自分から出ている状態ですね。

「で、結局何が言いたいの?」という聞き方

二つ目は、「要するに何が言いたいの?」と独り言を言いながら聞くことです。
(声に出してしまうと職員室に呼び出されることを保証します。)

要するに何?」の力は絶大です。
日々これをやっていると、脳味噌が鍛えられます。

話は少しそれますが、私は常々「権威者の言うことを鵜呑みにするな」
と子どもたちに言っています。
権威者というのは社会的ステータスのある人ばかりでなく、
テレビに出てくる人たち、新聞、先生、親、そして家庭教師など。
権威者の言うことを「はいそうですか。」と飲み込むことは思考停止につながります。
それはもう自分の人生を人任せにすることです。
「本当にそうなの?」「なんでそうしなければならないの?」と必ず問うことが大切。
要するに何?」もこれに同じ。

もう一歩進んで

もう一歩進んで、授業後の仕上げです。
キンコンカンコン、起立・礼・着席の後、椅子に座ったらほんの一瞬でいいです。
「今の授業のポイントを一つだけ挙げると」とやってみませんか?
いろいろあったけど、「これだけは持ち帰ろう」とう点を頭に浮かべて見るのです。
これも効果ありますよ。
記憶のモチがよくなります。

意識の力は絶大です

授業前にライト予習、授業中に「要するに何?」的聞き方をして、授業後に一瞬「これだけは」復習をする。
この3つは意識をどう使うか、という点に集約されます。

意識をコントロールできれば、自分が自覚している能力を超えた力を出すことが可能になります。

気功研究家を自称している私は、日々自分の体を使って意識と身体のつながりに関する実験しています。
冷えた指先を意識(気)で温めることはそれほど難しいことではありません。
逆流性食道炎もある程度克服しました。
スポーツにおけるパフォーマンスの向上、病気の克服、心の健康、
そして学力の向上に意識のコントロールは欠かせません。

実際に机に向かって問題を解くなどの行動がこれに加われば最強です。
が、まずは意識のベクトルを自分から伸ばしてみましょう。

投稿者

Michael

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