今回は24歳の若さでこの世を去ったジェームズ・ディーン主演の映画「エデンの東」からの引用です。

 A man has a choice, and the choice is what makes him a man.
人は道を選べる。それが、人間の値打ちなんだ。

人を人たらしめるものは “選択” である、ということです。

うちの福助(フクロモモンガ)も食べる・食べない、手に乗る・乗らない、などの選択をしているように思いますが、人を人たらしめる”選択”と福助のそれとはどう違うのでしょうか?

先行詞を含む関係代名詞 what

・Michael is the guy who talked to me at the station yesterday.
 マイケルは昨日駅で私に声を掛けてきた男です。

関係代名詞節による修飾を含んだ基本的な例文です。
修飾、被修飾の関係は次のようになります。

▶︎ Michael is the guy ←[who talked to me at the station yesterday].
 マイケルは [昨日駅で私に声を掛けてきた]→ です。

who以下が関係代名詞節、(the) guy が先行詞です。

次の例文を見てください。

・I can’t make out the thing that you are saying.
 私はあなたが言っていることを理解できません。

that以下が関係代名詞節、(the) thing が先行詞です。
修飾、被修飾の関係は次のようになります。

▶︎ I can’t make out the thing ←[that you are saying].
 私は [あなたが言っている]→ ことを理解できません。

この文は関係代名詞whatを用いて次のように書き換えられます。

(前) I can’t make out the thing that you are saying.
(後) I can’t make out what you are saying. 

the thing that を飲み込んでしまった what を用いた方がシンプルな表現になりましたね。関係代名詞 what は「もの、こと」を意味する先行詞を含んでしまいます。そのため what節のかたまりは make out の目的語になり名詞として働きます。
注意したのは、関係代名詞後の文は必ず名詞が欠損しています。ゆえに不完全な文です。上の例文では saying の後の目的語が欠損しています。

・I can’t make out what you are saying (      ).

以上のことをまとめます。

what = the thing(s) that
what が導く節は名詞節
what が導く節は不完全な文

what の導く名詞節

whatが導く節は名詞節なので、文の主語、補語、目的語になります。それぞれ例を見てみましょう。

主語になる

What makes me happy is my family.
 私を幸せにしてくれるものは私の家族です。

What he says is different from what he does.
 彼の言っていることとやっていることは違う。

補語になる

・That is what I really want to know.
 それが私が本当に知りたいことです。

・You have made me what I am.
 今の私があるのはあなたのおかげです。
 (あなたは私を今の私にした。)
 ※ what I am は「今ある私の姿、状態」という意味を表します。

目的語になる

・I can’t believe what I’ve just seen right now.
 いま見たものが信じられない。

・It depends on what you want.
 あなたが望んでいること次第です。

セリフの中の【関係代名詞 what】

改めて今回のセリフを見てみましょう。

 A man has a choice, and the choice is what makes him a man.

what が導いている名詞節は補語の働きをしていることがわかります。


  1. whatが取り込んだ先行詞が三人称単数 thing であるため、makeには三単現のsがついている。
  2. 2つ目の choice が a choiceではなく the choice であるのは「人が持っている choice」と限定されたからである。
  3. him は “彼” ではなく一般的な人を意味する。

以上3つのことにも注意したいと思います。

うちの福助は「ダイエットするからしばらく餌は半分しか食べないぞ!」のような選択はできません。お腹が空けば食べますし、お腹がいっぱいなら食べません。また、健康に良いからという理由で食べたくないものを我慢して食べる、という選択もできません。

私にはそれができます。

自分の生きる道を選ぶことができる、自分のとる行動を選ぶことができる。それは本当に素晴らしいことだと思います。もちろん置かれた環境によってはそれがままならないこともあるでしょう。それでも目の前の一つ一つの小さな選択権を放棄しなければ、いまとは違ったところにたどり着けると信じたいのです。

最後にアメリカの哲学者ウィリアム・ジェームズの奥深い言葉をご紹介して終わります。

最後までお読みくださりありがとうございました。

When you have to make a choice and don’t make it, that is in itself a choice.
選択しなければならないのに選択しないのは、それ自体がもう選択していることになる。

ウィリアム・ジェームズ
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